(-д-)本当にあったずうずうしい話 第2話
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217: 名無しさん@おーぷん 2015/02/05(木)15:16:52 ID:1uF
まとめサイトで読んだ記事で思い出した。

うちの祖父は職業柄、お中元やお歳暮がとても多かった。
今なら禁止なんだろうけど、付け届けが当たり前の時代だったので。
その量は半端なくて、一日に何十個と届く。
一日に何回もピンポンが鳴る。
祖母と母は送り主の名前を見て、親類や友人などだとメモして仏間に
残りは生もの以外は玄関から近い和室に積み上げる。
で、決まった日にだいたい平等になるようにいくつかに分けておくと
いくつかの団体(孤児院とか福祉施設)が取りに来て持って帰る。

同じような状況にある人はだいたい同じようにしていた。
リサイクルショップなんかない時代だったしね。
で、まだ仕分けしていない時にたまたま来た友人がその山を見て
「すごーい、すごーい」と言うので、
除けてあったあった消費期限の近い菓子をひと箱あげた。

普段から土産物なんかの他に名産品なんかもよく届いていたので、
食べきれないものとか食べないものなんかは
よく近所や来客におすそわけしていたので、
こちらはあまり深く考えての行動ではなかったのだけれど、
それが美味しかったらしくて、遊びに来る度にお菓子はないのと催促されて、
面倒くさくなって付き合いをヤめた。

その祖父も退職して、数は激減。
取りに来ていた団体さんたちは今までのお礼を言って
もしまたお願いできるようになったらお願いしますと、
父ににっこりして帰って行った。しかし親類は違った。
うちはいらないものなので頓着していなかったけれど、
遊びに来る度いろいろ持って帰っていたからね。
おばたちの訪問回数もめっきり激減。祖父しょんぼり。

やがて父がだいぶ出世して、また贈答品が沢山送られてくるようになった。
時代的にも職業的にも、
祖父のような量ではなく一般家庭より少し多いかな程度。
祖父の葬儀の時に邪魔なので倉庫に片付けておいたのだけれど、
葬儀が終わって近い親類が自宅に来てお茶を飲んで、
さあ解散という頃になっておばたちが大騒ぎ始めた。

何の用があったのか知らないが、倉庫の中に大量の贈答品を見つけて、
こんなに沢山隠して、独り占めしようとしている!!だって…。
おじたちは高給洋酒やビールの箱を眺めながら、
まあ、隠したくなる気もわかりますよ、とニヤニヤ
これが最後ですからね、と一切合財持って帰って行った。
いやいや、それは父宛なので、まだまだ毎年届くけどね、とは教えなかった。

彼岸や盆にも仏壇に手を合わせにもこないけど、
正月だけは来るのがわかっているので、
おばたちが立ち入らない二階の寝室に隠してある。
福祉に回す程はないから、福祉にはそこで役立ちそうな品物を送っている。
弟や夫は、おれたちはこんなに沢山もらえる程出世しないよなぁと、
つぶやいています。

218: 名無しさん@おーぷん 2015/02/05(木)17:39:37 ID:1u4
餌付け自慢?

219: 名無しさん@おーぷん 2015/02/05(木)17:51:25 ID:vBj
たかり根性も年季が入るとすごいもんだね

221: 名無しさん@おーぷん 2015/02/06(金)16:09:44 ID:563
ウチの旦那兄弟も似たような感じよ。
こういう浅ましい人間性に年齢は関係ないのかも。

ウチは40代半ばの夫婦で義弟のところは40代前半。
経済レベルはどっちもどっち。
零細自営業のウチよりかは会社員の義弟家庭の方が
ちょっとは安定してるかもというくらい。

義父は若い時に亡くなってて義母の面倒は数年前にウチが見た。
義母が元気だった頃~亡くなる直前まで義弟も義弟嫁も
何かとウチに来ては食事・土産・小遣いと一通り集っていたけど
亡くなってからは本当に仏壇にもお墓にもほとんどお参りに来ない。
それでいて久しぶりに連絡が来たかと思ったら金の無心だったので
堅物な親戚に間に入ってもらって

「そういう事は今後一切お断り!
 兄弟家庭としてお互い様のお付き合いが出来ないなら
 もう来なくてけっこう」

という半絶縁宣言を出しといたよ。
姪っ子達は可愛かったけど残念ながらほとんど交流してないわ。