何を書いても構いませんので@生活板142

588: 名無しさん@おーぷん 24/10/13(日) 12:41:56 ID:Cg.ju.L1
(滅茶苦茶長文ですのでよろしく)
母は男の子が欲しかったらしい。
なので初めての妊娠で女の子(私)が生まれた時のガッカリ感は半端なかったそうだ。
女の子だって分かってたら流してたと言われたこともある。

父は父で家庭に興味がなく、世間体の為の見合い結婚だったらしく
母の事を好きだの愛してるだの思ったことはなく、家政婦を雇ってる感覚だったらしい。
夫婦喧嘩の度にそんな話を聞かされてきた。
私が中学に上がった頃には父にも母にもそれぞれにお相手がいて
一人暮らししていた母方の祖母の家で過ごすことが増えたが、
高校生になって祖母が亡くなった。
そして自宅に戻ったがほとんど一人暮らしのような生活だった。
大学には行かなかった。行きたいなら自分で行けって言われてた。
先生が奨学金の資料を纏めてくれて勧めてくれたりもしたけど
大学に行けば高校時代のようにバイトして自分で全て賄うのはもっと厳しいだろうし。
そして寮付きの会社を先生に探してもらって就職し、卒業と同時に実家を出た。
それでも当時の私はまだ馬鹿みたいに親に愛されたい気持ちもあって、
就職して初めての夏休みに、初めて貰った賞与(寸志程度だけど)で
両親にお土産を買って帰省した。
ところが事前に電話で日程をメールし、「了解」と返事を貰っていたにも関わらず
家に帰ると誰もおらず「旅行してくる。お父さんは知らない。留守番と犬の世話を頼むね」
って置手紙があった。
さすがにショックで、誰もいない実家で泣きわめいて部屋を荒らしまくって帰った。
数日後、母から鬼電がきたけどスルーした。
この時から一切親に何かを期待することは止めた。
帰省もしなかった。メールも電話もブロックした。
そんな家庭で育ったので結婚願望は皆無だった。

その後そこそこお金が貯まったので洋裁学校に通った。
全国どこに行っても仕事が出来るようにしておきたかったから。
本当は薬剤師とかそういう高給な資格が欲しかったけど、そこまで頭良くなかったし
洋裁なら昔から割と好きだったから。
結婚願望は皆無で、趣味と言えば安いジムに通うぐらい。

589: 名無しさん@おーぷん 24/10/13(日) 12:42:12 ID:Cg.ju.L1
40半ばの頃、突然母が訪ねてきた。
父が死んだそうだ。相続の手続きがあるから一度帰ってこいと。
最初母だと分からないぐらい皺にファンデーションがめり込んで
ケバケバしい化粧お化けになってた。
一晩ぐらい泊めてと言われたけど断った。化粧臭いの嫌いだし。
この辺りにはいくらでもビジホがあるし。
電話番号教えなさいと言われたけどそれも断った。
教えてもいいけどすぐ変えるから無駄だよって。
今は繁忙期で休めないから来月一旦帰るからと言って出てってもらった。

さすがに相続関係で逃げ回るわけにもいかないので一旦実家に帰った。
父は残された家族の為に生命保険になんて入ってるはずもなく
稼いだら稼いだだけ女遊びに使ってたようで、ギリギリ3桁万円ほどしか貯蓄はなかったが
借金が無かったのは幸いだった。
放棄しても良かったし母もそれを望んでたけど、母の望む逆のことをした。
法定通り貰えるもんはきっちり貰った。
母は「親としてあんたに冷たかったことを今更だけど反省してる、
申し訳なかった、ごめんなさいごめんなさい、
お願いだから見捨てないで、お願いだから帰ってきて、
お願いだからそばにいて、もうあんたしか頼れない」
とかなんとか長々と気持ち悪いセリフを並べてたけど、明後日の方向を見ながら聞き流した。
なんとか鳴き止んだので
「今後連絡しないでほしい。お父さんを弔う気持ちもないし法事とかいいから」って言ったら
「あんたなんか、やっぱり産むんじゃなかった!」と叫ばれた。
「そうしてくれたら良かったのに」としか言えなかった。

でも正直なところ、私は今の生活にとても満足している。
何も不自由してることはない。自分だけの為に生きるって結構楽ちん。
もちろん、色んな人にお世話にもなってるしこれからもお世話になることもあるけど
その人たちが困った時には力になりたいと思う。
煩わしい身内なら居ないほうがなんぼかマシ。

592: 名無しさん@おーぷん 24/10/13(日) 17:21:49 ID:4q.jn.L1
>>588
堅実で有能で、心の強い人だ
今周りにいる大事な人たちとお幸せに
そしてやっぱり毒親持ちに必要なのは金を稼ぐ力をつけることだわ